今日は3月11日。
東日本大震災から3年になります。
あの日は金曜日、
私は高麗川から青梅に向かって車を走らせていました。
宮沢湖の辺りで緊急地震警報が鳴り、近くのコンビニへ。
それから地震がやってきました。
激しい揺れが数分続いたでしょうか。
揺れがおさまってから、校舎へ移動しました。
その週末は職員の研修がありましたが、それは予定通り行われました。
それからが大変だった。
計画停電。
電車は止まるし、校舎は真っ暗になるし。
ろうそくの明かりで授業をしたこともあった。
ガソリンスタンドが休業になり、
ガソリンを求めて車が長蛇の列。
とはいえ、
津波や原発の被害で住む家を追われた人達に比べれば、
こんなことは苦労のうちには入らない。
死者・行方不明者が1万8520人、
避難生活を続けている人が26万7000人。
忘れてはいけないことは、
忘れてはいけない、
あたりまえだけど。
(教務部・T)